ILC NewsLine 2007年4月19日号 [英文記事]
■世界の各地より
カロリメータが人命を救う
(How a calorimeter could save your life)
宇宙の起源を調査することと、癌細胞を発見することの間に、直接のつながりがあると考える人は多くはない。しかし、Nicola d'Ascenzo氏とその研究チームは、その関連性を確信している。彼らは、ILCに利用するハドロン・カロリメータの有力候補として考えられている光センサーの試験を行なっていたが、その研究過程の中で、ガン細胞を特定する撮像技術である「陽電子射出断層撮影法(PET)」に応用できる可能性が非常に高いセンサーの存在に気付いたのである。
「検出」は、これら2つのかけ離れた主題を結ぶキーワードである。ハドロン・カロリメータは、粒子がシンチレーターを横切った時につくられる光子から情報を集めて、通過する粒子エネルギーを計測する。これと同様に、PETに使用されている陽電子放射スキャナは、患者の身体から放射されるγ線を検波するのである。現在のPETでは検波に光電子増倍管が使われているが、カロリメータのプロトタイプである、シリコン光電子増倍管(SiPM)とマルチ・ピクセル光子検出器(MPPC)には半導体チップが使われている。このチップは、ガンを発見する技術に革命を起こすかもしれないのだ。「この新しい半導体チップは、非常に小型で解像度が高く、そして処理速度が非常に速いものです」と、DESYのILC測定器チームのイタリア人研究者、d'Ascenzo氏は述べている。「この装置は、既に病院において使用するのに適切な形状をしているので、例えば、乳がんの検査、といった用途のために使うことが可能です。つまり、乳がん検査のために、大きな、必要以上に恐怖感を与えるような機械に、患者の全身を入れる必要がなくなるのです」
PETはがん細胞の活動度の高い範囲を画像として映し出すことで、がん検診に使用されているが、より正確にガン細胞を見つけるためには、磁気共鳴映像法(MRI)とともに使われることが多い。しかし、MRIで生成される磁場は、PET診断のために現在使われている光電子倍増管の機能を阻害するという問題がある。一方、SiPMとMPPCは磁場に影響を与えないため、PETとMRIを将来的に1つの装置にまとめることを可能とし、患者をもっと楽にすると考えられているのだ。患者が検査の前に投与される薬剤に使われるベータプラス放射物質を生成するためにはサイクロトロンを病院に装備する必要があるため、PETは、高価な診断装置にとどまっている。投与された放射物質は体内でブドウ糖と反応して2つのγ線光子を生成する。活発なガン細胞の周囲の領域はブドウ糖が豊富であり、検出器によってはっきりと映像化される。
Nicola d'Ascenzo氏は、ドイツのヘルムホルツアソシエーションの資金供出によって活動している若い研究者グループの一員である。このグループは、DESYの物理学者であるErika Garutti氏が代表となっている。この若い研究者グループは、ハドロン・カロリメータに使用するSiPMsの試験を行なうとともに、CALICEプロジェクトにおいて、カロリメータのプロトタイプの建設に参加する。同グループは、半導体チップが記録する衝突と、従来の光電子増倍管が記録する衝突を比較する実験装置を考案した。多くの大学生、そして時には高校生も、試験結果の記録を手伝った。
「次世代を教育することがとても重要だと思います」と、自身も20代半ばと若い博士過程の学生であるd'Ascenzo氏は述べている。「学生達はここへ来て、物理学について何かを学んで、夢中になります。それから彼らの知識と論理を世界へと持ち込むのです。言ってみれば、これはPETの結果よりもずっと刺激的なスピンオフです」と、彼は述べている。
研究所で働いている学生の1人は、ドイツのハイデルベルク大学のAlexander Tadday氏である。彼の大学でも、シリコン製光センサーの試験施設を建設することを希望しているため、彼の卒業論文はDESYでの実験的な装置建設をテーマにしている。「我々はまだ取り組みの途中です。しかし今までのところ、満足できる結果を期待できそうです。我々は、特にタイミング、この半導体チップがいかに速いのか、ということに興味があります」 同グループは、MPPCに関する共同研究についての報告書を発表する予定である。しかし、SiPMsとMPPCsの使用の可能性について医療会社と話を始めるにはまだ早過ぎる。この半導体チップを十分に評価するには、より多くの測定結果が必要とされている。
[英文記事]
■特集記事
将来のSiD計画
(SiD Plans for the Road Ahead)
先週のシリコン測定器(SiD)概念会議で、参加者は、Fから始まるいくつかの言葉を使った。粒子フローの「フロー」、測定器R&Dプロジェクトに資金を提供するために、より多くの資金と人的資源が必要な「資金提供(Funding)」、Fermilabの天気のような「凍えそうに寒い(Freezing)」である。SiDグループの約70人のメンバーは、最新のR&D結果と、将来、つまり、来年のこの時期までに概念設計報告書のドラフトをどのように準備するかについての計画を共有するために、Fermilabで会合を行なった。
SiD概念は、現在ILCのために提案されている4つの測定器設計の1つである。GDEが加速器設計のために設定したスケジュールと同じスケジュールに沿って設計を進めるためには、測定器を担当する国際グループは、2008年内に4つの概念を2つに絞り込まなければならない。これは、簡単なプロセスではなく、SiDコラボレーター達の、議論の焦点となっている。
「最も重要なのは、我々がSiD概念設計を進めることです」と、SLACのJohn Jaros氏(SiD 設計研究コラボレーターの1人)は述べた。「SiD概念設計を進めるのは常に我々の目標であり、外部からの要請もあります。そうするために、我々はサブシステム設計を詳述し、統合する必要があり、かなり多くのエンジニアリングを必要としています」
概念設計報告書を作成するためには、測定器概念を固めるに当たり、SiD設計の精度を高めることに集中する必要があり、そのためには、いくつかの難しい決定を下す必要があると考えられる。たとえば、粒子フロー・アルゴリズム(PFA)は、カロリメータ内で相互作用する全ての粒子を確認する方法である。これらのアルゴリズムによって、カロリメータ設計を最適化することが多分に期待されているが、成功を立証するにはより多くの時間を必要とするものだ。「これまで我々はPFAを使ってかなりの進歩を遂げてきましたが、それは非常に難しいものです」と、アルゴンヌのHarry Weerts氏(SiD設計研究コーディネーター)は述べた。「とても複雑で、これらの研究には、時間がかかります。私はそれが正しいアプローチであることに同意しますが、我々は他のオプションの研究も続けなければなりません」
一方で粒子フローも推し進めながら、例えば二重読み出しのような、他のカロリメータ分析オプションを検討することは、SiDグループが取るべき目的達成の手段となりうる。しかしながら、カロリメータ分析の分野を拡大するには、より多くの人的資源を必要とする。Weerts氏は、「我々はみなさんの参加をお待ちしています」と述べている。「概念設計を行なうグループは厳しい人材不足に直面しています。私達は、より国際的になるとともに、コラボレーションとして発展して行く必要があります」
R&D活動を拡大し、新メンバーの採用を考えているコラボレーションにとって、資金提供もまた、同会議の中で、盛んに議論された話題でもあった。米エネルギー省のPaul Grannis氏は、測定器開発に向けた資金提供計画の概略を提示し、来る6月19、20日にアルゴンヌで開催される、アメリカのILC測定器研究開発審査会(ILC Detector R&D Review)について議論した。「資金提供計画と審査計画によって、アメリカにおけるILC測定器R&Dプログラムは大幅に進展し、真に成長したことが明らかになりました」と、Weerts氏は述べている。しかしながら、測定器R&Dの範囲と資金提供のレベルに関しては、測定器開発コミュニティには、依然として若干の懸念が残っている。
今回の会議は、参加者が次世代レビューの計画を立て、最新のR&D結果について知る機会であったと同時に、3日間のワークショップは、物理学者とエンジニアが直接会って議論することができた。これは電話やテレビ会議では決して代えることのできないものである。活発な議論を促すために、会議の主催者の一人であるFermilabのMarcel Demarteau氏は、SiDタウンホールミーティングの場を設けた。ワークショップの出席者達は事前に質問を提出していたが、先のタウンホールミーティングとは異なり、宿題をもらっていた。Demarteau氏は「ピアノデュオ」方式で、2人の出席者をランダムに選び、各質問を転送し、会議のために短い回答を準備するよう依頼したのだ。「一人の答えがもう一つの答えを補強することもあれば、まるでピアノデュオのように2つが互いに強く対立することもあります」と、彼は述べた。「ピアノデュオスタイルの質問は、従来のタウンホールミーティングより非常に面白い予想外の展開をつくりだしました。これは、刺激的な議論を促すことを目的として行なったのですが、とてもうまく行きました」
SiD概念グループは、約6ヵ月後に、会議を行なう予定である。会議の資料は、ネットから入手できる。
[英文記事]
■ディレクターズ・コーナー
ILC工学設計段階における産業界の役割
(The role of industries during the ILC engineering design phase)
ILC工学設計段階における取り組みを強固なものとするために、我々は産業化により焦点をあてることを考えている。各国政府に対して、現実的な資金提供を提案するために、我々は産業界とより密接に協力する必要があると認識している。2月28日、ワシントンDCでアメリカリニアコライダーフォーラム(LCFOA)の会議が開催された。非常に多く出席者があり、産業界の参加に関する議論が活発に行なわれる研究会であることが証明され、また、数人の米下院議員も参加し、意見を述べるとともに、意見交換が行なわれた。(NewsLine3月8日号参照)フォーラムのプログラムの中で、私はILC GDE、特に基準設計とコスト見積もりを作成するためのマイルストーンの現状について話した。ILCの設計を達成するプロセス、そして特定の技術的機能の双方に、多くの関心が寄せられた。以前、私は東京で開かれた日本リニアコライダー研究会という同様の会議に参加し、また、ヨーロッパの産業フォーラムの代表にも会った。今日は、ILC計画が前進するに伴い、我々が産業界を最大限活用できる方法を検討するとともに、関連する問題のいくつかを指摘したい。
最初の重要な問題は、産業化がILCにとってどうして非常に重要なのか?である。この質問に対しては、様々な回答があるが、おそらく、最も簡潔な回答は、ILCがどこで建設されるとしても、ILCのスケールの大きさと複雑さが、我々の組織内部のみでまかなえる範囲を大きく越えているということを考えると、実際に建設する際には、その大部分を産業界に頼る必要があるから、である。ILCの2つの巨大なシステムのスケールを考慮すれば、これは明らかである。基準設計で詳述されているように、ILCの標準施設は地下約100-150メートル、全長72.5kmのトンネル、直径9メートルを超える巨大な13本のメインシャフト、土量443,000立方メートルの地下掘削、小部屋と実験ホール、そして最後に直接地下で行なわれる研究活動を支えるための、総面積52,700平方メートルに及ぶ、92棟の建物から構成される。これは、産業界とともに設計され、産業によって遂行されるべき巨大民間プロジェクトであることは明らかである。
ILCの最も巨大で最も複雑な技術を要するシステムである、メイン・リニアックに話を移すと、560式のRFユニットから電力を供給される1680台のクライオモジュールに組み込まれている1万4560本の9セル・ニオブ空洞を必要とする。この気が遠くなるような数字によって、複雑な構成要素を造ることだけでなく、それらを作るためにはコスト効率良く、大量生産することに、なぜ産業界の参加が必要なのかが明らかとなる。我々が産業界の参加を必要としているのは、これらの2つの巨大なシステムにとどまらず、例えば磁石、水と配電、電子工学と操縦装置のような加速器の構成要素の多くを含むのである。
産業界は、ILCの実験の建設において中心を担う。しかしそれは、我々が実際の建設プロジェクトに先行する工学的設計活動に臨む方法を考えるに当たり、どんな意味を持ち、また持つべきなのであろうか?工学的設計活動の主な目的は、ILC建設に向けた提案書を作成することである。重要となるのは、建設したいこ施設の詳細、及びILC建設方法と建設コストをどのように提案すべきかを知ることである。これは、我々が今、産業界と密接に連携し始めなければならないことを意味する。これらの理由から、我々は実際のILC建設に必要な産業界の技術レベルの向上に資するべく、投資する予定である。
我々は今後数年にわたって様々な方法で産業界を巻き込もうとしている。まずは、産業界の能力を高め、次に、ILCの設計活動に関して、産業界とより協力関係を深めていく。たとえば、産業界の協力により、われわれはどのような標準施設設計が最適であるか知ることができる。そして、産業界に発注する製造に向けた評価・検証を通して、ILC構成要素を大量生産することで、どれだけのコストダウンが図れるかを知ることができるのだ。産業界は、プロジェクトマネジメントや、コスト計算、そして専門的なエンジニアリングの分野で、更に我々のR&Dプログラムにおける様々なプロトタイプの建設を通して、我々を支援することができるのである。
ILCの研究に産業界を巻き込む際には、我々が直面しなければならない多くの微妙な問題がある。私は、こうした問題のいくつかについては、今後のコラムで書くつもりである。ILC計画の最もユニークな特徴は、計画の中心となるような強力なホスト研究所やホスト国を持たない、完全に国際的なプロジェクトであるということである。したがって、我々は、いろいろなILCの構成要素に関する各地域における産業界の関心や、世界中の異なる地域における産業界の実情の違いに、考慮しなければならない。早い時期に産業界を巻き込む際には、例えば将来的な契約に向けての知的財産権や競争力といった問題を考慮に入れ、慎重に行なわなければならない。また、我々は、プロジェクトの分担、そして実際のプロジェクトの実施のために、産業界と交わす契約の方法について、現実的かつコスト効率の高い計画を作成する必要もある。
我々が現実的な設計を作成するにあたり、産業界の支援を得ること、そして、産業界が実際の製造の構成要素製造に向けて体制を整えることの双方に成功したいならば、重要なのは、現時点で、我々がILCの産業化に労力と資金の両方を投入することである。ILCのR&Dに相当の投資をする、ということについて、我々の政府向けのセールスポイントの一つは、我々の技術は他分野への広い応用の可能性を持っていることである。このような応用の適切な一例は(カロリメータ技術開発の医療現場への応用の可能性)が、本NewsLineの別コラムに紹介されている。我々が技術開発を行い、産業界を巻き込むにつれて、社会全体に多くの利益が出てくることを確信している。
[英文記事]
■カレンダー
今後の会議、ミーティング、ワークショップ
TESLA Technology Collaboration Meeting
Fermilab, Batavia,
Illinois
23-26 April 2007
MAC Meeting
Fermilab
26-27 April 2007
DOE/NSF ILC Americas Regional Team Review
Fermilab
30
April - 2 May
ILC Software and Tools Workshop
LAL - Orsay
2-4 May
2007
CALICE
Collaboration Meeting
Kobe University, Kobe, Japan
10-12 May 2007
Annual WILGA Conference
Warsaw University of Technology
Resort, Poland
21-27 May 2007
POSIPOL 2007 Workshop
LAL-Orsay, France
23-25 May
2007
LCWS 2007
Hamburg,
Germany
30 May - 3 June 2007
ILC 2007
Hamburg,
Germany
30 May - 2 June 2007
=
Collaboration-wide Meetings
■ニュース記事より
From Ledger-Enquirer.com
17 April 2007
重要な物理学部門の主導権を奪われるアメリカ
アメリカ合衆国は、1930年代から支配していた科学分野である高エネルギー物理学分野での主導権を失いつつある。現在は、ヨーロッパが、母なる自然が原子の断片に隠した
深遠なる謎を発見するための、世界的な探求を先導している、と科学者たちは語っている。
[英
文記事]
From Science Daily
14 April 2007
国際粒子コライダーのための測定器を設計する物理学者
John
Hauptman氏は素粒子物理学者の国際的な会議の場で、新しいアイデアがあることを発表した。これまでとは異なり、よりシンプルなアイデアであり、そしてとりわけ、彼が成功を確信しているアイデアである。
[英
文記事]
From nature
12 April 2007
物理学者は宇宙モデルを疑問視する
非標準論を求める探求が続いている。宇宙論学者は、先月、ロンドンに集まり、現在の宇宙の『標準』モデルに対する懸念を表した。
[英
文記事]
From nature
12 April 2007
国境のない科学
ヨーロッパが一体となって働くために、研究者達はルールの変更を促進しなければならない。ヨーロッパの科学を成功させるためには、異なる国の科学者の間で、継ぎ目の
ない相互関係を妨げる障壁を取り除く必要がある。
[英文記事]
■アナウンス
ILC関連プレプリント
hep-ph/0703300
28 Mar 2007
Phenomenology of the SU(3)c
⊗SU(3)L ⊗ U(1)X model
with exotic charged leptons
■今週のイメージ
春のしるし(Signs of spring)
先週Fermilabで初めてバッファローの赤ちゃんが誕生しました(続き)。みなさんの研究所の春のしるしを教えてください。写真はこちらまで!