ILC NewsLine 2012年7月26日号 [英文記事]
■リサーチディレクター・レポート
新しい世界へのドアの前で
(In front of the door to a new world)
大型ハドロンコライダー(LHC)でヒッグス粒子らしい新粒子を発見したという大きなニュースが届いて以来、私たちは様々な機会に、大きな熱意をもって話題にしてきた。素粒子物理学研究者は誰も、家族や友人、近所の人から、この発見にどんな意味があるのかと質問されたに違いない。多くのテレビ番組や新聞・雑誌等の記事から分かるように、ニュースはメディアでヒッグス粒子について大きな関心を呼び起こした。素粒子物理研究者が何を捜し求めているか、そして、どのようにそれを行うか、一般の人にわかってもらえるのは素晴らしいことだ。こうした盛り上がりは、税金の形でこの成功を支えてくれた多くの人々と共有されるべきである。
ヒッグス粒子らしき粒子の発見は、私たちILC物理・測定器研究者グループに、短期と長期両方で、次の活動の計画を立てるしっかりした根拠を与えてくれた。差し迫っては、詳細ベースライン設計(DBD)報告書をスケジュール通りに完成させなければならない。これは直接的であり、かつ重要だ。DBDは、2007年以降の測定器趣意書(LOI)期間の開発研究をまとめるものである。ILCを提案する際、加速器の技術設計報告書とあわせて重要な文書になる。新たなヒッグス(らしき)粒子の特性の究明が進むのと同時期に、私たちのDBDが完成されていることが肝要である。高エネルギー物理学研究者コミュニティーが、新粒子の発見に基づいて長期のプログラムを考慮する際に、私たちの報告書は良い参考資料となるだろう。今回のILC運営委員会の会議でも、Jon Bagger委員長は、DBDをスケジュール通りに完成させなければならないと非常にはっきりと述べた。
私たちは、この目標を視野に作業を進めている。すでに今年の始め、測定器とシミュレーション編をどのように完成させるかについて、いくつかの中間目標の期日を、測定器グループと合意した。最初のマイルストーンは、4月に国際測定器諮問委員会(IDAG)によって内容の概要がモニターされたことである。設計グループは、9月21日までに草稿を完成させるべく、目下精力的に働いている。10月に米アーリントンで開かれるリニアコライダーワークショップ2012(LCWS12)の会期中には、草稿全体がIDAGにより検討される。一方、ILCの物理学上の意義についてまとめたDBDの物理学編は、9月の欧州将来計画の議論の中で参照されるように、まもなく完成する予定である。ただし、LHC実験の進展によって、物理学編は年末までに更新されるかもしれない。
ヒッグスらしい粒子の質量が分かったことにより、新しい世界を研究するためにILCのエネルギーをどこに設定するのが良いか決められる。この発見に私たちが興奮している理由は、標準理論の粒子チャートの最終ホールを埋めるかもしれないということのみならず、この可能性のためである。ヒッグス粒子は他の素粒子のメンバーと全く異なり、次の発展へのドアである。質量値は、そのドアがどこにあるか教えてくれる。素粒子物理学の標準理論は、既存の観測のほぼ全てを包括的に記述できる。唯一残った空席が埋められれば、モデルは完成するだろう。これは、大きな成果である。しかし、数は少ないが非常に重要な問いに答えられないため、標準理論が完璧でないということは分かっている。たとえば、ダークマターは、星や惑星、銀河を構成する既知の物質よりもずっと多く宇宙にあるが、標準理論にはこれに当てはまる粒子がない。素粒子の質量スペクトルも説明できない。質量はヒッグス粒子への結合によると説明はできるが、質量スペクトルの値までさらに踏み込んだ説明は与えてくれない。したがって、理論家は、残された謎を解き、自然への理解をより深めるために、標準理論を越える様々なアイデアを提案している。ヒッグス粒子らしい粒子について精密に探査することは、正しい考えを見つけるための有望なアプローチだ。ILCの実験は、そのような研究を進めるべく設計されている。最初のテーマは、発見された粒子が本当に標準理論のヒッグス粒子であるかどうかの判別であるが、それは同時に、おそらくより豊かな研究プログラムの始まりとなるだろう。つまり、標準理論を越えた理論で予想されるような標準理論からのズレや他の新粒子さえも見つかる可能性がある。
高精度測定は、理論的考察の助けを借りて、より高いエネルギーの現象の手掛かりを与えることができる。良い例は、ヒッグス粒子の質量の予測である。これまでのコライダー実験で蓄積されたWボソンとZボソンとトップクォークの詳細なデータから、標準理論ヒッグス粒子の最も確からしい質量は、およそ120GeVであると推定された。この数字は、R&D研究の多くのシミュレーションでも使われてきた。今回ヒッグス粒子らしいとされた新粒子の質量は、この推定値が正しいことを示している。これは、理論的考察による分析の力を示している。これと同様に、ヒッグス粒子そのものを精密測定すれば、私たちはより高いエネルギー界を探索でき、どの標準理論を越えるモデルを選ぶべきか判るだろう。
ILCはこれらの研究をするための最適の施設であり、私たちはそれを実証すべく準備してきた。現在、私たちは新しい世界への扉の前に立っているということが分かっており、それ故に興奮しているのだ。
DBD | Higgs | precision measurements | Standard ModelFermilab Todayより:米フェルミ国立加速器研究所(Fermilab)の新空洞温度マッピングシステム立ち上げ
(Fermilab Todayより:Fermilab's new cavity temperature mapping system commissioned)
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画像キャプション:温度マッピング・センサーは、エネルギーが放出する点である、単セル・ニオブ空洞のまわりに置かれる。写真:Alexander Romanenko氏 |
Fermilabの科学者は、それによりはるかに効率的な加速空洞に導くことができる新たな診断ツールを手に入れた。
研究所の技術部門(科学者Alexander Romanenko氏がリーダー)チームは、最近、超伝導空洞で使用されるオーダーメードの温度マッピング・システムを完成させ、試運転を行った。世界にわずか3台しかない、新しいツールを使うと、科学者はなぜ超伝導空洞は、理論が予測するよりも非常に多くのエネルギーを消費するかという問題についての真相を究明することができるかもしれない。
研究者が主として試行錯誤法を使って問題に対処するのは問題だ。しかし、この新システムでは、空洞表面で変化する温度を測定することで、変則的なエネルギー消費を引き起こす原因個所である、空洞壁のホットスポットを特定することができる。そのエネルギー消費が起こる理由を理解することは、まだ理解されていないその現象を支配している物理学に対する計り知れない洞察となる。
「このようなシステムがないと、空洞は基本的にブラックボックスであるので、私たちがコーネルやジェファーソン研究所(J-Lab)のようなレベルで空洞の基礎研究(または相当するレベルさえ)を行うことはできませんでした」と、Romanenko氏は語った。
「これまでは、データからエネルギー損失があったことは分かりますが、どこで起こったのかは分かりませんでした」と、TDの科学者Anna Grassellino氏は語った。「現在、私たちは空洞壁での加熱パターンを検出し、それを使って、異なる損失機構を同定することができます」
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単セル・ニオブ空洞の温度読み出しの赤い点は、エネルギーが消費された空洞内の場所を示す。温度マッピングはコーネル大学で1970年代に開発された。そこで、Romanenko氏は2008年に関連したテーマで論文を書き上げた。昨年、彼のチームは、J-Labで研究者から独自のシステムをつくる方法を学んだ。各センサーの注文製造に1年を費やし、ついに4月にシステムの試運転にこぎつけた。 |
このシステムは、1.3ギガヘルツの空洞セルのまわり全てに密接して置かれた576のセンサーから成る。各センサーは、空洞壁の1平方センチメートルの温度を読み取る。一つの例外的に高い読み取り値があれば、それはエネルギー消費の場所を指す。そして、科学者は、空洞壁のエネルギー消費の多い部分を取り出し、その特定領域がどのように他と異なるか学ぶことができるのだ。
このプロジェクトは、超伝導空洞のいわゆるクオリティファクターまたはQを上げる努力の一端である。Qが高ければ高いほど、空洞が失うエネルギーは少なくなり、粒子を進ませるために必要な消費電力も少なくて済む。
原則的にはそうであってはならないのだが、、テストは、クオリティファクターが空洞の電磁場強度に従い増減することを示している。研究者は、傾斜したQの理由、またより重要なことだが、Qが下に傾斜してエネルギー損失につながることを防ぐ方法についてまだ完全に理解していない。
空洞処理のいくつかの方法は、Qを増やしたようだが、この場合もやはり、うまく機能した理由は、十分には理解されていない。
「私たちは、しばしば、『偶然に』何かを解決する策を見つけますが、しかし、それがなぜ機能しているかはまだ完全には理解していないのです」と、Grassellino氏は言います。
温度マッピングを持ったことにより、科学者達は、今や、その問題に目標を定め、より高い性能に押し上げるための手段で武装したのだ。
超伝導高周波空洞は、提案中のILCとFermilabにおけるプロジェクトXのための選択肢となる技術だ。
Romanenko氏は、このプロジェクトの成功は、Rob Schuessler氏、Roman Pilipenko氏、TD、そして、前TD研究者Joe Ozelis氏(現在はミシガン州立大学)の功績に依るとした。
「一回の空洞のテストでこのツールを使用すれば、このツールを使わない何十回もの空洞のテストから得られる情報より多くの情報を得ることができるのです」と、Romanenko氏は語った。
[英文記事]
■ディレクターズ・コーナー
量、質、資源を維持する
(Quantity, quality and keeping the resources)
今号のディレクターズ・コーナーは、国際共同設計チーム(GDE)アジア地域ディレクター横谷馨氏の執筆。
最近、日本のILCに対する一般の関心は、技術設計報告書を完成させる最後の段階の私たちGDEの活動と協調するかのようにうなぎ上りだ。
ILC関連のメディア報道の量が2010年以降、指数関数的に流行が増加していることに気がついたであろう。まだ記憶に新しいが、昨年12月に先端加速器科学技術推進協議会(AAA)が主催したILCシンポジウムで、野田佳彦首相が前向きな発言をした後、特にめざましい。このシンポジウム直後に、GDE-ECの一部のメンバーは、日本の候補地を訪問した。それは、大規模にメディアでも発表された。
一般の関心は、ILCに限られていない。ヒッグスらしいボソンの発見についての7月4日の欧州合同原子核研究機関(CERN)のニュースは、毎日、日本のメディアでもトップニュースとなった。私は、数日前、高校の同窓会で旧友に会う機会があった。そこで、私は質問の集中攻撃にあった。現在はみなが素粒子物理学を知りたいように思われる。これは基礎科学活動に対する確実に驚異的な反応である。(私には少し過熱ぎみにみえるが。)しかし、これは簡単に起こったものではない。これらの情勢は、政治、政府、産業のコミュニティのあらゆる利害関係者に接触しようとする長年の活動のたまものである。この点については、私たちが世界で他の領域の一歩先を行っていると言いたい。
それでも、これは「一歩」に過ぎない。すべきことはまだたくさんある。最も重要なことは、一般の人々から理解と支援を受けることだ。
近代科学における日本の歴史は浅い。400年以上の歴史で、コペルニクスとガリレオの時代から科学は、欧州の科学者に途切れることなく支えられてきた。対照的に、日本は高々150年の歴史しかもたない。日本の科学者が科学的進歩に寄与することができたのはその半分の期間に過ぎない。
欧州の科学は日本人のものの見方に深い影響を及ぼし、私たちの生活習慣を根本的に変えてきた。科学は有益であるとは考えられていたが、科学知識の真の価値は日本人には消化されず、科学は「輸入された考え」のままだった。たとえヒッグス粒子やダークマターが注目されているとしても、素粒子物理学の知識を持つことの価値は無視されている。また、昨年の福島の原子力事故が自然科学全般の認識に重要な負の影響を及ぼしたということは否定できない。
これらの状況を克服するために、私たちの活動に対する理解と支援を得る努力を、できるかぎり連続的に行っていかなければならない。たとえば、大学で定期的なワークショップを企画するなど、大学生と当局を対象とする活動は非常にうまくいっている。私たちは、現在この活動の第2順目にいる。
2年前、高エネルギー加速器研究機構(KEK)は鈴木厚人機構長の提唱で「KEKキャラバン」と呼ばれる出前授業プロジェクトを始めた。KEKの科学者や職員は、学校や地方自治体、研究会など、多くの異なる機関からの申込に応じて、日本の全国各地に派遣されている。講演テーマは、一般的な物理研究、放射線、そして、もちろんILCについてなど多岐にわたる。総派遣件数はすでに100を上回り、私はこの活動が日本人の頭のなかの科学についての考えを変えることに役立つと信じている。
私たちは、もう一つ、人材育成に対して責任がある。まだ確実とは言えないが、ILC主催国が建設費の半分をカバーすると見積もる。では、人材の共有はどうか?私たちはまだこれについては議論していない。ILCが日本で実現するならば、先例のない数の科学者とエンジニアが必要だ。量のみならず、プロジェクトを導くことができる優秀な人材も必要なのだ。ILCの建設と運転、両方に必要な人材を育てることが、私たちの急務だ。
とは言え、日本は現在、ILCを誘致しようとする空気を楽しんでいるようだ。私たちは、この機運を失わないように、懸命に働き続ける必要がある。
- SiD Workshop
SLAC
21-23 August 2012 - 6th International Workshop on Semiconductor Pixel Detectors for Particles and Imaging (PIXEL2012)
Inawashiro, Japan
03-07 September 2012 - POSIPOL 2012
DESY, Zeuthen
04-06 September 2012 - XXVI International Linear Accelerator Conference (LINAC 12)
Tel-Aviv, Israel
09-14 September 2012 - CERN Council Open Symposium on European Strategy for Particle Physics
Crakow, Poland
10-13 September 2012 - 12th International Workshop on Accelerator Alignment (IWAA 2012)
Fermilab
10-14 September 2012
■ニュース記事
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from China Daily25 July 2012
しかし、LHCの役割は、まもなく疑問を呈されそうである。世界各国の約2,000人の加速器と粒子物理学者、エンジニア、理論家、技術者、学生、ソフトウェアの専門家らが、次世代の粒子加速器ILCの設計と技術に取り組んでいる。
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from Kahoku Shinpo19 July 2012
国際プロジェクトで建設する超大型加速器「国際リニアコライダー(ILC)」の岩手県南部、北上山地への誘致を目指し、県内の経済団体などでつくる 推進協議会は18日、盛岡市で講演会を開いた。(Aiming for the bid of ILC to Kitakami hill, the promotion association consisting of industrial bodies in Iwate prefecture hosted the lecture in Morioka city.)
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from The Economist19 July 2012
LHCに代わる夢の加速器を設計することができるならば、それは何か?自然な次のステップは、LHCのような円形ものとは対照的に、リニアコライダーとして知られているものを建設することだ。
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from Saga Shimbun17 July 2012
宇宙誕生を読み解く鍵とされる「ヒッグス粒子」と、県が誘致を目指すILC(国際リニアコライダー)をテーマにした講演会が16日、武雄市であっ た。(The lecture on the ILC and Higgs particle was held in Kakeo city, Saga prefecture. Saga is interested in inviting the ILC to the area.)
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from SankeiBiz13 July 2012
民間企業の労使や学識者で構成する政策発信組織の「日本創成会議」(座長・増田寛也元総務相)は12日、「ヒッグス粒子」研究で注目されたジュネー ブ郊外の大型加速器の後継器を国内に誘致すべきだとの提言を発表した。(Japan Policy Council, founded by business and labor leaders and scholars, aims to create a grand design, issued the recommendation to invite next generation accelerator to Japan)